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タレント、俳優、アーティスト、アイドル、声優等(以下「タレント等」といいます)は、本名でそのまま活動する場合もあれば、芸名を使用して活動する場合も多いです。
このタレント等の芸名を使用する権利は、一体誰のものになるのでしょうか。まずは、これを考える上で、タレント等の芸名の取扱いに関する実態をみていきます。
【芸名の取扱いの実態】
2025年9月30日に、公正取引委員会が、タレント等とその所属事務所等が締結する契約の適正化のための指針を発表しました。
この指針は、タレント等とその所属事務所等が締結する契約の実態調査を行った上で作成されたものであり、芸名・グループ名の使用についての指針もあります。
芸名・グループ名の取扱いの実態調査では、タレント等の芸名を使用する権利は芸能事務所に帰属すると定められているケースが割とあり、契約終了後・・・すなわちタレント等が退所した後も芸能事務所にそのタレント等の芸名を使用する権利が引き続き帰属するとしているものも一定数あるとのことでした。
これは、私自身がこれまで見てきたタレント等とその所属事務所等の契約(専属マネジメント契約・所属契約等)においてもよくみられた内容ですので、実態調査と概ね認識は一致します。
タレント等の芸名を使用する権利を含め、タレント等の様々な権利が事務所に帰属するというような内容になっているものは実際に多く、近年は少しずつ改善されてきたものの、ひと昔前はそれが当たり前というような状態だったと思います。
そのためか、タレント等が芸能事務所を退所した際に、芸名を改名するケースというのも割とよくあります。有名なところでは、2016年に「能年玲奈」から「のん」への改名、2022年に「岡田建史」から「水上恒司」への改名、2024年に「桜庭ななみ」から「宮内ひとみ」への改名といったものがあります。
それ以外にも退所に伴い芸名を改名したタレント等は多くいますが、そうした改名の背景として、芸名を使用する権利が全て事務所に所属する、といった契約内容になっていたからという事情があると考えます。
しかしながら、2025年9月30日に、公正取引委員会が発表した指針では、少なくともタレント等が退所した後も引き続き芸名を使用する権利を事務所が保有して、タレント等による芸名の使用を制限することは、合理的な理由がない限りやってはいけないこととして挙げられております。そして、タレント等が本名を用いて活動する場合や、入所する前から使用していた芸名をそのまま使用する場合については、芸能事務所にそれらの芸名を使用する権利を帰属させるとするのは独占禁止法上問題となる可能性があるとしております。
本名ではなく、所属後に作られた芸名を使用する権利を、契約期間中においてのみ事務所が保有する形とすることについては上記指針では否定しておりませんが、少なくとも契約終了後も引き続き芸名を使用する権利を事務所が持ち続けるのはよろしくないことだとしております。
公正取引委員会の指針では上記のような考え方でしたが、裁判例等ではどうでしょうか。
【芸名の権利に関する裁判例】
これを考える上で最も参考になるのが、歌手の愛内里菜さん(本名「垣内里佳子」)が、以前所属していた事務所「ギザアーティスト」との間で、事務所との契約終了後の芸名「愛内里菜」の使用を巡って裁判(東京地判令和4年12月8日 令和3年(ワ)13043)になった事例です。
この裁判は、愛内里菜さんとギザアーティストが交わしていた契約書に、「契約期間が終了した後も、事務所の承諾なしに芸名を使用してはいけない」という文言があり、その文言に基づき、ギザアーティストが愛内里菜さんを相手に、「愛内里菜」という芸名の使用中止を求めて裁判を起こしたというものです。
この裁判では、「愛内里菜」という芸名に関するパブリシティ権(芸名によって生じる顧客吸引力を独占的に使用する権利)は、愛内里菜さんの歌手活動の結果として、愛内里菜さん本人にパブリシティ権が認められるとまず判断しています。
そのうえで、愛内里菜さんとギザアーティストとの間で締結した所属契約によって「愛内里菜」という芸名に関するパブリシティ権がギザアーティストに帰属するかどうかについては、否定されました。
「愛内里菜」という芸名に関するパブリシティ権において、①ギザアーティストの利益を保護する必要性の程度は高くないこと、②契約終了後もギザアーティストが芸名に関するパブリシティ権を保有するとしたのでは、愛内里菜さんに対する不利益が大きいこと、③そうした愛内里菜さんの不利益に対する代償措置もないこと、の3点を理由に、「愛内里菜」という芸名に関するパブリシティ権がギザアーティストに帰属する、という契約書の文言は無効であるとされました。
バンド等のグループ名も概ね同様の考えが裁判例で示されており、事務所との契約終了後のヴィジュアル系バンドのバンド名の使用をめぐって生じた裁判(東京高判令和2年7月10日 令和元年(ラ)2075号)では、「バンド名を通じてそのバンドのメンバー各自をも想起させ、識別させるものとなっていることから、バンド名の使用権はそのバンドのメンバーたちが有する」と判断しております。
このような裁判例の考えに基づきますと、通常は、タレント等の芸名やグループ名等を使用する権利は、そのタレント等本人に帰属すると考えられ、タレント等が事務所に所属している間は、その芸名を使用する権利をタレント等が事務所に対して許諾している状態であると考えられます。
よって、契約終了後は、タレント等の芸名を使用する権利の許諾が解消されるわけですから、タレント等は契約終了後(退所後)も自由に芸名を使用できる、というのが通常の形になってくると考えます。
上記の考え方に基づけば、タレント等とその所属事務所等の契約(専属マネジメント契約・所属契約等)における芸名の使用に関する権利は、タレント等に帰属させた上で、事務所が契約期間中、タレント等のマネジメントやプロモーションのために使用することができる、といった内容にすることが望ましいといえます。
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2011年5月30日、2011年5月31日
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・日経コンピュータ2011年4月28日号
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・2025年1月15日 All About『箱根駅伝に"異変"!?NIKEとadidasの「シューズ特許戦線」』執筆(Yahooニュースにも掲載)
他、週刊ポスト、FRIDAY、クローズアップ現代(NHK)等様々な媒体で契約書や知的財産権に関して取材協力をさせて頂いております(詳細はこちら)。

